レーシングカーが歌手デビュー!?エンジン音が躍動する「NISSAN CARTIST Z NISMO GT500」のミュージックビデオができるまで
レーシングカーがアーティストとしてデビュー⁉という異色の企画で話題となった「NISSAN CARTIST Z NISMO GT500」。そのデビュー楽曲「Engine Beat Box feat. Rofu」のミュージックビデオをEDP graphic worksで制作しました。企画の背景やその制作過程について、アートディレクターを務めたTBWA\HAKUHODOの秀島康修さんと、EDP担当ディレクターの伊良皆貴大とで対談を行いました。
制約を逆手に、異色の企画をモーショングラフィックデザインで実現する
―秀島さんは以前からEDPのことを知っていたそうですが、どのような印象を持たれていましたか?
TBWA\HAKUHODO 秀島康修さん(以下、TBWA 秀島さん):名古屋で代理店に勤務していた頃にプロダクションの方からEDPを紹介していただいて、「とんでもない会社があるな」と感じたのが最初の出会いです。いくつかお仕事もさせていただいて、現在の職場になってからもEDPのイベントスペースでの展示会に参加したり、サイトで紹介されている映像の実績はずっと見ていたので、何かお願いしたいと思っていました。
―ありがとうございます。今回のプロジェクトはとても攻めたコンセプトが印象的ですが、アイディアはどのように浮かび上がってきたのでしょうか?
TBWA 秀島さん:クライアントである日産自動車株式会社(以下、日産)さまは「やっちゃえ日産」というタグラインからもわかるように、ワクワクするような自動車メーカーであることをブランドイメージとして掲げています。その中で、モータースポーツは熱烈なファンに支えられてる一方で、新たなファンの獲得にも力を入れていました。どうしたらモータースポーツの魅力を関心が低い層にも広く伝えていけるのかと模索する中で、TBWAは以前よりさまざまな施策を提案、実施してきました。
そんな中で考えたのが、今回の「レーシングカーがアーティストとして歌手デビューする」という企画です。モータースポーツをクルマに興味がない人たちに広めるためには、その人たちが興味があるジャンルに飛び込んでいくことが必要だと考えました。
実は以前にジャズアーティストとのコラボはあったのですが、よりモータースポーツの魅力の一つであるエンジン音と親和性のあるジャンルがあるのではないかと考え、思い至ったのがヒューマンビートボックスです。自分自身もヒューマンビートボックスが好きで、今回登場頂いたRofuさんも昔から聞いていたのですが、やはりエンジン音を歌声に見立てるのであればこれしかないだろうと。
―好きなものと施策の目的がぴったり合致したのですね。アイディアを企画に落とし込んでいく中で、モーショングラフィックデザインという表現を選択したのはなぜでしょうか?
TBWA 秀島さん:アーティストとして歌手デビューさせるマシンはこれからレースシーズンを迎えるタイミングだったので、レース場での撮影も難しいなど、制作においてはさまざまな制約がありました。それを逆手にとって良いアウトプットができないか、そして楽曲を作るならミュージックビデオをつくれないか……と考える中で、実写撮影するよりモーショングラフィックデザインで一気にまとめ上げる方が良いのではないかと思い至り、EDPに監督としてディレクションから制作までをお願いすることにしました。
―どのような形でプロジェクトはスタートしたのでしょうか?
TBWA 秀島さん:最初にリファレンスとしていくつかの実績作品を拝見したのですが、伊良皆さんの手がけた「お笑いエスポワール号」オープニング映像がイメージにぴったりで。
TBWA 秀島さん:画像素材をうまく使って動きだけでかっこよく仕上げているし、言葉の入り方のセンスもいい。これを見て、伊良皆さんにお願いしたいと打診しました。
―映像のディレクションについては、どれぐらい秀島さんの中でイメージがありましたか?
TBWA 秀島さん:ほぼ伊良皆さんにお任せでしたね。いくつかEDPと仕事をさせていただいた経験上、EDPに依頼するなら全てこちらで決めてつくってもらうのではなく、演出や構成も提案いただいた方が良い映像ができると思っています。なのでディレクションとしても最低限で、「エンジン音を歌詞っぽく見せて」など企画の根幹に関わる部分ぐらいだったと思います。
並べて、削って、動かして。かっこいいビジュアルの最適量を探る
―伊良皆さんは、どのようにアイディアを映像へと落とし込んでいったのでしょうか?
EDP graphic works 伊良皆貴大(以下、EDP 伊良皆):今回はミュージックビデオと言っても映像はなく、スチールのみで構成しているため特殊ではありますが、基本的には最初のデザインがいい形で決まれば、後はうまくいくものだと考えています。今回も、はじめに何枚かデザイン案をつくりました。そこで「いいね!」と言ってもらえるものが出せたので、そのあとはスムーズでしたね。
TBWA 秀島さん:代表的なシーンのコンセプトカットを5つほどもらったのですが、どれも良かったんです。個人的な感想ですが、EDPの魅力のひとつは映像のどこを切り取ってもレイアウトが良いところだと思っています。そしてそこから、気持ちよく美しい動きに落とし込んでいただける所です。
EDP 伊良皆:今回はストーリーを見せるものではなく、とにかく音やビジュアルをかっこよく見せるものなので、最初から絵コンテではなく皆が「いいね!」と思えるビジュアルをつくる方がいいだろうと考えました。うまくいって良かったです。
―映像で使用した画像素材は、新規で撮影を行ったそうですね。
TBWA 秀島さん:マシンも組み立て段階の中、クライアントの皆さんもぎりぎりまで調整してくださいました。車体のボディを仕上げてくださったり、Rofuさんが生でエンジン音が聞こえるようにしてくださったり。結果的には動画を回している瞬間もあったりして、良い撮影になったと思います。カメラマンさんが良い雰囲気をつくってくださったこともあり、撮影時はRofuさんもすごくノッてくれていましたよね。
―限られた画像素材だけでかっこいい画が詰まった映像として成立させるためには、どのような工夫が必要でしたか?
EDP 伊良皆:今回はコンセプトがしっかりしていましたし、使えるのもマシンの素材とRofuさんの写真ぐらいといい意味で制約があったので、自由が少ない分「その中でどうやるか?」という点にフォーカスしました。
TBWA 秀島さん:そこは、モーショングラフィックデザインを主軸とするクリエイターさんだからこその豊富な引き出しがあるなと感じましたね。
EDP 伊良皆:ありがとうございます。実は制作段階では完成版よりももっと多くのカットをつくっており、当初の編集ではかなりのテンポで刻んでいました。その上で、刻みすぎのラインを越えないように検証しながら、どんどんカットを削っていきました。たくさんつくって、並べて、削って、動かして……という感じで、リズム感を大切にして仕上げていった形です。Rofuさんたちがとても素晴らしく、撮影もノッていた分、むしろ削っていく作業の方が大変でしたね(笑)。
レーシングカーらしさをちりばめ、3D表現を織り込んだ中毒性の高い映像
―制作の中で苦労した点や、特にこだわった点についてはいかがでしょうか?
EDP 伊良皆:やはりどうしてもつくっている最中に、悪い意味で「これでは映像というより写真だな」と感じてしまう場面があり、それを解消してリッチな映像に見せるために試行錯誤しました。
その解決策のひとつとして、GIFのように動かしたり、奥行きを感じるような動きをつけたり、パーティクルを3Dで施したりして、平面的に感じないようにしています。2Dの画と3D的な表現をいい案配で織り交ぜたことで、独特の映像になったのではないでしょうか。
TBWA 秀島さん:パーティクルの粒子感やノイズの入り方などに、エンジンで動くレーシングカーっぽさを感じますよね。今にもガソリンの匂いがするようなアナログ感というか。耳をつんざくようなエンジン音の中から、荒々しさを抽出して映像にしてくれているのが良かったです。
EDP 伊良皆:まさにエンジン音のいい意味でのうるささを表現したくて、その音から連想した波形をモチーフとした表現なども取り入れました。気づいてもらえて嬉しいです(笑)。
EDP 伊良皆:あとは、すべてのカットに要素を詰め込むのではなく、急に真っ白なカットがきたりと抜け感のある画も要所要所に挟みこんでいます。飽きないように調整を重ね、何度でも見たくなるような映像を目指しました。
TBWA 秀島さん:コンセプトに沿ったさまざまな表現があることによって、映像に奥行きがでたなと感じています。こういったことを自ずと満たしてくれるセンスがあるからこそ、やっぱりEDPにお願いして良かった。「事情があってこうした」ようには決して感じることなく、「必然性や狙いがあってこの表現にしているんだ」と伝わるクオリティに仕上げていただけたと思います。
新しい層へと広がるきっかけに。MVを起点に次なる野望も
―先日無事映像が公開になりました!プロジェクトを振り返ってみて、いかがでしたか?
EDP 伊良皆:大変な場面もありましたが、とてもおもしろいプロジェクトでした。本当に自由にやらせてもらえて、ありがたかったです。
TBWA 秀島さん:良かったことのひとつが、ミュージックビデオの配信だけでなくカラオケでも本人映像として動画を配信していることです。EDP至上初めてのカラオケ配信なのでは?と(笑)。実際の歌手の楽曲のようにSpotifyなど各種音楽プラットフォームでも配信していますし、「レーシングカーをアーティストとして歌手デビューさせる」という企画が成立できたのではないかと思っています。
あとはYouTubeにアップした映像に、日産さまのチャンネルで配信された映像の中では1番と言ってもいいぐらいにたくさんのコメントが集まっているのも嬉しいですね。しかも、そのほとんどがポジティブなものでした。Rofuさん経由で知った方からのコメントも多く、日産のレーシングカーにこれまでは関心が薄かった方にも興味を持っていただけたのではないかと自負しています。Rofuさんの活動拠点である北海道のニュース番組で紹介していただいたり、車の専門雑誌から取材の依頼があったりと広がりも生まれており、あらためてユニークで良い取り組みになったと感じています。
秀島 康修(ひでしま やすのぶ)
名古屋での制作会社作会、ゲームメーカー、広告代理店でのアートディレクターを経て上京。NTTドコモのXR事業における経営企画を経て、2023年4月にTBWA\HAKUHODOのアートディレクターとして入社。主な受賞歴は、カンヌライオンズ・One show・CLIO・NYADC・D&AD・WEBBY・ADFEST・awwwardsなどの海外アワード、ADC賞・グッドデザイン賞・CCN賞などの国内アワードで受賞。
株式会社TBWA\HAKUHODO
2006年に博報堂、TBWAワールドワイドのジョイントベンチャーとして設立された総合広告会社です。博報堂のフィロソフィーである「生活者発想」「パートナー主義」とTBWAがグローバル市場で駆使してきた「DISRUPTION®︎」メソッドを中心とした独自のノウハウを融合。質の高いソリューションを創造し、クライアントのビジネスの成長に貢献します。「DISRUPTION®︎」は既成概念に縛られず、常識を壊し、新しいヴィジョンを見いだすTBWA\HAKUHODOの哲学です。マーケティングに限らず、ビジネスにおけるすべての局面でディスラプションという新しい視点を武器に事業やブランドを進化させるアイデアを生み出します。
Photo 谷口大輔
Interview&Text 長島志歩