国境と言語の壁を超えて。10年以上の関係値が生み出す、新しいクリエイティブの形とは
フィンランドのクリエイティブ会社 MUSUTAとEDP graphic works(以下、EDP)は、10年以上にわたってコラボレーションを続けています。彼らの最初の共同作品は2010年のカンヌライオンズでゴールドを受賞しました。これはフィンランドの企業として1960年代以来の受賞であり、この作品は現在も多くの作品からオマージュされる対象となっています。今回はMUSUTAとEDP のコラボレーションの軌跡をたどり、海外のクリエイターが日本のクリエイターと共に働く可能性について、伺いました。
自由、それは難しく、恐ろしく、でもありがたいもの
―MUSUTAとEDPの出会いについてお聞かせください。
MUSUTA Timo(以下、Timo):フィンランドのテレビチャンネル用のプロジェクトが出会いのきっかけです。CMの直前直後に入るバンパーをつくる仕事で「アーバン・アブストラクト(都市の抽象)」というテーマのもと、20セットの5秒間のバンパーを制作し、それがコマーシャルブレークの直前直後に挿入されるというものでした。このプロジェクトはMUSUTAにとって非常に興味深いもので、その際クリエイティブを探していたところ、友人がEDPを紹介してくれました。いくつかのクリエイティブパターンを作ってもらったところ、すぐに彼らの作品はすごい!と思い、このプロジェクトを一緒に行うことになりました。そして、ありがたいことに多くの国際的な賞を受賞したという、最初から大成功なプロジェクトでした。
EDP graphic works 前田 光朝(以下、前田):20セットの5秒間のバンパーを最終的に1つの長いフィルムにするというアイデアを聞いたとき、すごい!面白い!と感じました。全部が繋がっているんだけど、一つ一つが分けて使えるようにもなっているというベースのアイデアを元に、クリエイティブに関しては色々と議論し生まれました。イメージとトーンをベースに、いろんなパターンに挑戦するように・・・と自由を与えられて。EDP社内では、各デザイナーが「都市らしさ」をどう表現するかそれぞれ試行錯誤しました。
EDP graphic works 池田 大(以下、池田):本当、この当時のことは記憶に残ってます。東京っぽい、シティっぽいというイメージで自由に作って見てみて。面白かったです。僕はこのタイミングで気になっている技法をイメージに結びつけてテストしてみたりして。5~6つのパターンをつくり、その中の「スカイライン」という作品が転換点になりました。
Timo:その「スカイライン」という作品は、その後多くの広告で真似され、さまざまなデザイナーがレファレンスとして使用してくれる、業界の基準の一つになれたのが嬉しかったです。
前田:あと、私たちにとっては、ゼロから作り出せるまたとないチャンスでした。クリエイティブに「自由」をもらえて、難しかったけどめちゃくちゃ嬉しかったです。
池田:モチベーション、上がりましたね〜。まだ若かったというのもありましたけど、自分たちの表現をすることができるチャンスだ!って。
前田:そうそう。これまで使ったことがないエフェクトや技法を試してみたり、色々と試行錯誤しました。チャレンジだらけでしたね。EDPのメンバーはより良いクリエイティブのために努力することが好きなので、発揮された感じですね。
言語の壁が、重要な点だけに光をあてる
―コミュニケーションの課題はありましたか?
Timo:全くありませんでした・・・。もちろん言語の壁はありましたよ?でもあまり問題ではありませんでした。逆にそのおかげで本当に必要なことだけを伝えるように心がけました。余計なことは省き、重要なポイントだけを簡潔に伝えるようにしたおかげで意味のない長いエッセイのような赤入れで戻すことはありませんでした。笑
前田:MUSUTAから最初に送られてくるストーリーボードはいつもとってもシンプルなんです。“FLY”“MOVE””Window”などの言葉と手描きのスケッチがあるだけで、すぐに理解ができるんです。そのためクリエイティブの理解に対する課題はありません。もちろん、メールでは翻訳ソフトを使ったり、最初のクリエイティブ提案後にオンライン会議で話して意思疎通は取ったりしています。コミュニケーションはいつもスムーズな気がしています。
―最初のストーリーボードがシンプルなことはとても大事なんですね?
池田:はい。初めての方の場合は方向性の理解のためにイメージを添付してもらえると非常に理解がしやすいです。また、イメージのリファレンスなども添付してもらえるとさらに理解が深まります。
Timo:でも、長年の付き合いで、最近はリファレンスも送ってないよね。
池田:10年以上も一緒に働いているので、欲しい方向性とどのような好みなのかがわかるようになってますからね。一緒に仕事すればするほど、コミュニケーションは楽になっていくと思います。
前田:あとはボディランゲージとサウンドイメージですかね?「シュ」とか「ササッ」とかの擬音も使いながら話しています。
Timo:確かに。私のパートナーのJopsuはとてもアーティスティックなので、言葉にするより体や音を使って表現することも多いかも。
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実際の案件で使用されたストーリーボード
エンジニアではなくアーティストの感覚
―10年以上も一緒に仕事を続けている理由はなんだと思いますか?
Timo:仕事においてEDPと同じマインドセット、感覚があるのだと思います。正直なところそれもあってか全てを言葉で説明する必要もなく、クリエイティブのマインドとビジョンが一緒だったので(何が)難しくなかったのだと思います。言語化するは難しいのですが、感覚が合っていたのだと思います。またEDPのチームから上がってくる作品は常に期待以上のものでした。
前田:僕たちもそう思います。MUSUTAのストーリーボードとアイディアはいつも面白いんです。色々な方向性を考え、これをどう増幅させられるか考えることに常にワクワクしています。だからベストなものを出そうと努力するんだと思います。提示したものが彼らのイメージと異なる場合は簡単な言葉でストレートに伝えてくれます。気持ちを隠したりうやむやにしないことが、非常にありがたいです。
Timo:あと忘れてはいけないのは、、、彼らのアーティスティックセンスが素晴らしいんです。他の会社と仕事するときは、もう少しエンジニアと対峙している感じなのですが、彼らはアートやクリエイティブの感覚がとても優れていると思います。だからこそ、さらに彼らと働きたいと思わせてくれる。細かく説明が必要にならないのは、彼らのセンスのおかげかもしれません。
池田:そう言っていただけると、光栄です。いつもそのために努力してます。 アートのセンスや感覚に関しては、例えば抽象的なイメージが好きなことや、同じようなトーン、感覚が好きなのもあるかもしれませんね。もちろん、期待を超えるために努力はしてますが!
「自由」が素晴らしい作品をうむ
―海外のクリエイターが、日本のモーショングラフィックスアーティストやクリエイターと仕事をする際のアドバイスはありますか?
Timo:僕は、誰かが何かをしているときに、途中でいじるのではなく任せることが好きです。作業しているときに、後ろに立って見ているのもみられるのも僕自身は苦手なんです。だからこそクリエイティブな作業をしているときは、「自由を与えること」を大切にしています。見張られていない自由な状況だからこそ失敗を恐れずチャレンジできるし、間違っていても、誰かがそれを指摘することもありません。なにかアドバイスやコメントが欲しい時になったら、僕に話しかけてくれるだろうと信じて待っています。
池田:これは本当にありがたいです。言語の壁があるため、言葉で色々と補う必要がある途中段階の状態ではあまり見せたくないです。どの人でもわかるレベルのビジュアルでどう表現できるか、そこを大事にしています。
Timo:彼らがそう思ったかはわからないのだけど、僕らはいつも関係値が平等でパートナーという状態であることを強調したいと思っています。上下関係でないからこそ、作成途中のものなどどんな状況のものでも送ってくれていいし、それで全てを判断せずいいものを作っていこうと思っています。一緒に作り上げているのですから。
前田:もちろん、それは感じてます。正直なところ、(作品を提案する際に相手の期待にかなっているかと考えると)怖いと思うことが結構あります。だから、Timoのコミュニケーションがストレスを軽くしてくれて、コミュニケーションを取りやすい状態にしてくれています。それにより、さらによいクリエイティブを生み出すことに繋がるのでありがたいです。
言語の壁がありつつも、それを超えたフィンランドと日本のクリエイターたちのコラボレーションが、カンヌ広告賞でゴールドライオン受賞した作品をはじめとする様々な作品を生み、また10年以上の信頼関係へとつながりました。言語の壁を超えられる「動き」であるモーショングラフィックデザインの可能性は無限大です。
Photo 曽川 拓哉
Interview&Text 寺西 藍子