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2025/03/05Challenge

「うごきのカタチ」を生み出した化学反応とは – EDP×nomena パリ展示への道のり

2024年11月21日(木)から1週間、フランス・パリのマレ地区で行われた展示「うごきのカタチ – La forme du mouvement」。EDP graphic works(以下、EDP)から8名が参加し、エンジニア集団nomena(以下、nomena)協力のもとで、モーションを現実に落としこむとどうなるのかをアートとして表現した実験的な展示です。

今回は本プロジェクトの参加メンバーから複数名が集い、展示のきっかけや作品制作の過程、こだわった点などについて振り返りました。

 

Member

EDP graphic works 加藤 貴大奥田 祥生佐藤 広基

nomena 武井 祥平、杉原 寛

nomena Co-Creator 前川 和純、中路 景暁

- そもそもなぜパリで展示を、しかも映像ではない展示をしようと思ったのでしょう?

EDP graphic works 加藤貴大(以下、EDP 加藤):きっかけはMotion Plus Designです。東京だけでなくパリでの開催でも協賛することにした流れで、「せっかくなら展示もやったらどうか」という話になったんです。ある意味、勢いで決めた部分はあるかもしれません。

映像ではなくモノでの展示にしたのは、ギャラリーを借りて映像を見せるだけではおもしろくないなと感じたからです。最終的に僕たちが目指しているのは「モーショングラフィックデザインの価値をあげること」であり、その最初のステップとして、視覚的に惹きつけやすいモノが必要だと考えました。

*展示の詳細ないきさつは、こちらの記事をご覧ください。

- 加藤さんのアイデアを聞いて、EDPの皆さんはどう思いましたか?

EDP graphic works 奥田祥生(以下、EDP 奥田):映像はネット上でも見れるので、海外でわざわざ展示をやる意味が見出しにくい部分もあり、モノをつくるのはいいなと思いました。企画会議では「どうやったらできるか」は一旦脇に置いて、純粋に自分のつくりたいもののアイデアを出すようにしました。このときはまだ、モノ自体も自分たちで材料を買ってきてつくることになるだろうと思っていましたね。

 

EDP graphic works 佐藤広基(以下、EDP 佐藤):モノをつくる技術を持っていないので、僕は正直不安でした。企画会議では無邪気にアイデアを出していたものの、いざつくる段階に差し掛かると、「そもそもつくれるの?」「つくれなかったらどうするの?」と不安が付きまといました。

 

EDP 加藤:この段階で「どうつくるか」を考えてしまうと、考えが凝り固まってしまって良いアイデアが出にくいので、つくれない僕らだからこそできる発想を大切にしました。「うまくいけばラッキー」ぐらいの感覚でまずはやってみようよ、と。

最終的には、EDPの伊良皆くんが「床の上に箱があり、そこから伸びる棒に沿って球が動く」というイメージを描いてくれたものにみんなも賛同し、それが草案になりました。

EDP 伊良皆が提案した展示の草案

- 伊良皆さんの案のどんな部分に惹かれたのでしょうか?

EDP 奥田:動きを立体的・物理的に見せる方法として、シンプルであり、説明不要でおもしろそうに感じられる点に惹かれました。また「フロアに置いてあって、眺める感じで見てもらいたい」と、展示イメージが明確だったのも良かったです。

 

EDP 佐藤:加藤さんが思い描いているもの、表現したいものに直結する表現なのが良かったですね。イメージからは「動かなくても格好良いもの」であることも感じられて、その点にも惹かれました。

- nomenaさんとはどのような経緯で出会ったのでしょうか?

EDP 佐藤:たまたま情報を見かけて、nomenaさんの展示を加藤さんと一緒に観に行ったんです。そこで、以前に映像で見て良いなと思っていた「四角が行く」を見つけて、これは奇跡的な出会いかもしれないぞ、と。

 

EDP 加藤:展示パンフレットに(nomena 代表の)武井さんの似顔絵イラストが載っていたんですが、会場で似ている人がいて、恐る恐る近づいて「パリで展示をするので相談させてください」と…(笑)。あまりにいきなりだったのに、ご一緒していただけることになったのは本当にありがたかったです。

- nomenaさんは、いつもどのようなお仕事をされているのでしょうか?また、なぜ依頼を受けていただけたのでしょう?

nomena 武井祥平さん(以下、nomena 武井さん):エンジニアリングの技術を用いて新しいものをつくることを軸として、主に表現の領域でのものづくりを行っています。デザイナーやアーティストから依頼を受けて、彼らのつくりたいものの実現を支援することが多いですが、最近は自分たちの作品づくりも積極的に行っています。

お二人にはその場でEDPのサイトを見せていただいて、おもしろいことをやっている会社で、且つ表現のスタイルに通じるものがあるなと感じました。押し付けのような表現ではなく、「自分たちはこういう表現がいいと思うんです」とさりげなく示すような映像表現だなと。

そもそも僕自身、モーショングラフィックデザインが好きなんです。物理世界から切り離された画面の中の自由な動きの表現から学ぶことも多いし、そこで「気持ちいい動きとは何か」の感覚を養ってきたので、ご一緒することで学べることがあるのではという期待もありました。

- どのような流れで、作品づくりを進めていったのでしょうか?

nomena 武井さん:まず前川さんを誘い、僕らが「ダーティプロト」と呼んでいる、見た目はさておき原理的にはやりたいことが実現できているプロトタイプをつくりました。そのプロトで実現性や手応えを掴んだところでEDPの皆さんにお見せし、中路さんと杉原さんにも声をかけました。前川さんと中路さんはnomenaの「四角が行く」などのプロジェクトにも参加いただいたコクリエイターで、今回のプロジェクトにもふたりの力が必要だと考えました。

 

nomena 杉原寛さん(以下、nomena 杉原さん):武井さんから概要を聞いて、「できるだけ球だけが動いているような印象にしたいんだな」と理想を把握し、あとはそれをどう実現するかを考えていきました。例えば、四角い棒にすれば球を動かすベルトは目立ちにくくなるけど、なるべく角を出したくないだろうな…と考えて別の方法を模索してみたり。早い段階で理想像を把握できたのは良かったですね。

ダーティプロト

nomena 武井さん:その後、EDPさんのやりたい動きを反映したイメージもいただきましたよね。いろいろな動きがグリッド上に示されていて、それが30種類ぐらいあったと思います。その中から、実現できそうな動きを20種類ほどピックアップしていきました。

EDPからお渡ししたイメージ

EDP 加藤:「僕たちは動きのプロとしてやりたいことを示し、実現はものづくりのプロの力を借りよう」というスタンスで、まずは多くの動きのパターンをお見せして、どういった仕組みならいけるのか、懸念はあるのかなど、さまざまな視点をいただいて削ぎ落していきました。

 

nomena 武井さん:どう実現するかによって条件が変わるので、いろいろな可能性がある中で絞り込んでいくこの過程はかなり大変でしたね。

- 制作の過程で、大きく変更された部分などはありますか?

nomena 杉原さん:なるべく箱を小さくしたいということで、「内部機構が収まるぎりぎりを攻めると、少し小さいけど立方体ではなく直方体になる」とご提案したときに、直方体か立方体かでEDPさん内の議論がかなり紛糾していましたよね。

 

EDP 奥田:直方体といってもそこまで細長くはありませんが、それでも人間の目は立方体ではないものに敏感で、少しでも異なると違和感を感じてしまいます。それがとにかく気になって、「多少大きくてもいいから立方体であるべきだ」と主張しました。僕ひとりではあったのですが、ここは譲れなかったポイントです。

結果的に、後日「より小さい立方体ができました」とnomenaさんから連絡をもらったときは、最高にテンションが上がりましたね。

 

nomena 杉原さん:ミニマルで、もっとも形としてシンプルなもので構成したいという奥田さんの意見にはとても納得感があったので、さらに突き詰めていって、より小さな立方体をなんとか実現することができました。

 

中路景暁さん(以下、中路さん):杉原さんからその話を聞いて、「僕たちももうちょっと頑張らなきゃ」と奮い立たされた瞬間でしたよね。

- ほかにどんな部分にこだわったのでしょうか?

nomena 杉原さん:棒の先のキャップ部分ですね。3Dプリンターでつくることも検討したのですが、金属調の塗装をしても、仕上がりには違和感が出てしまいます。単一の棒に見えるものをみんなで探しまくった結果、中路さんがシンデレラフィットするねじキャップを見つけてくれたんです。

中路さん:モーターにも思い入れがありますね。全体の仕組みとしては問題なく実現できると思っていたのですが、動きを理想に近づけられるかどうかには少し不安がありました。とはいえ仕組みづくりには時間がかかるので、想定される小さなサイズ感に収まるモーターを使って試作を進めていたのですが、ある程度仕上がってきた段階で、モーターの追従性の悪さがネックになってしまって。

検討した結果、より早くて、表現できる動きの幅も広い、大きなモーターに変更することにしました。変更に際しては、いろいろなものを既に発注している段階だったため、細かな設計を調整することで全体の寸法の中に収まるようにしました。

 

EDP 加藤:僕たちもいつもは同じく依頼を受ける側だからこそ、意図を汲み取って、理想の状態を理解して、その実現のためにチャレンジしていただけるのは、本当にありがたいことだと感じます。

- やはり「動き」の部分に、皆さん意識を集中させていたように感じます。実際の動きは、どのように調整していったのでしょうか?

nomena 武井さん:EDPさんからもらった動きのデータをほぼそのまま実現できるような球の制御プログラムを、前川さんが開発してくれました。これ、実はけっこう難しくて。定期的に球に「ここに行け」という指令を送っているのですが、1/30秒ではどうしても動きがカクカクしてしまうので、1/120秒刻みで指令を送る仕組みに改善したりしています。

 

前川和純さん(以下、前川さん):データ上で考えた動きが必ずしも現実でそう動くとは限らないので、細かく調整する必要がありました。基本的には急な加速・減速などの動きが難しいので、その部分のカーブの調整をお願いしたりしています。データ上で描いた理想をどこまで実現できるのか、物理の限界があるなかでどこまでを許容とするのか、何度かやりとりを重ねて見定めながら仕上げていきました。

 

EDP 奥田:やりとりのなかで、「スピードを半分にすれば実現できます」などのコメントもいただいていたので、いちフレームあたり何センチ動いていたらダメで何センチならいけるのか、自分でもディスプレイ上で測って調整したりしました。勉強になりましたし、そうしてお送りしたデータがすべてのテストをクリアした時は、かなり嬉しかったですね。

 

nomena 杉原さん:実は…動きについてやりとりする際、もう1ターンぐらい調整のオーダーが来るのではないかと思っていたんです。現実的にも限界だったので、もしそのオーダーをもらったらどうしようかと思っていたので、そうはならずにちょっと安心したというか(笑)。

 

EDP 奥田:数字をもとに限界を把握しながら進めていたので、それ以上の無理を言うべきではないと判断しました。そもそも出していただいている限界の数字は、耐久性などを度外視したものですし、ちゃんと見せたい部分は見せられるように工夫して、譲れない部分は押さえられていたので、出来については満足しています。

 

EDP 加藤:もちろん突き詰めたい気持ちがないわけではありませんが、それで無理をして壊れてしまっては意味がありませんし、長く使っていきたいですからね。映像とは異なる部分なので、最後はnomenaさんの意見に委ねるべきだと考えました。

- パリでの展示には、EDP、nomena両社のメンバーで赴いたそうですね。実際に会場の様子を見て感じたことや、展示を終えての所感を教えてください。

前川さん:子どもたちが喜んでいる姿を見れたのは良かったですね。動きに合わせて踊っている姿を見て、「やって良かったな」と感じました。

あとは、ギャラリーやアートそのものが日常生活に溶け込んでいるエリアなので、歩いている人がふらっと入ってくるような空気感も良かったです。日本だとギャラリーってわざわざ行く場所だと思うのですが、オープンだからこそ多様な方に見てもらえたと思います。

 

nomena 武井さん:EDPメンバーのエネルギーに圧倒されました(笑)。nomenaも若いクリエイターが集まった自由なスタジオだと思うのですが、それ以上にエネルギーと多様性を感じましたし、海外での展示を積極的に楽しもうとしている姿勢がとても良いなと。一緒にパリに行ったことでEDPのことを深く理解できたし、学ぶこともたくさんありました。


- 今後、この作品はどのようになっていくのでしょうか?

EDP 加藤:僕ら自身もこの作品がどう広がっていくのが良いのか、まだまだ考えている段階なのですが、「別のものと一緒に存在する」可能性もあると考えています。実はパリでの展示の最終日に、縁あって元Dragon AshのATSUSHIさんがダンス・パフォーマンスでコラボレーションしてくれたのですが、そういった取り組みもおもしろいんじゃないかなと。もちろんゆくゆくは収益につながったらいいなと思うので、EDPとしてどう付加価値をつけていくか模索していきたいですね。

 

nomena 武井さん:いろいろなことができると思いますが、厳かな存在感あるものなので、シンプルさが引き立つ見せ方を大切にして展開していけると良いのではないかと思います。展示を見ていてどこか不思議で詩的な感覚を覚えましたし、それは人間にとって大事な感覚だと思います。

- ありがとうございました。最後にこのプロジェクト全体を振り返ってのコメントをお願いします。

EDP 加藤:まずは、nomenaさんとご一緒できたことへの感謝が何より大きいです。理想を共有し、そこに向かってそれぞれの角度で突き詰めていくのはとても難しいことだと思うのですが、nomenaさんとのプロジェクトでは壁を感じることがありませんでした。映像を主軸としてどちらかというと感覚を大切にするEDPと、ロジカルにプロダクトづくりをされるnomenaさんでは、アウトプットもアプローチの仕方も異なりますが、僕らが良いと思うものにすっと入ってきてくれて、一緒に向き合っていけるのがすごく楽しかったです。

また、普段は依頼を受ける側だからこそ、お願いする側としての経験も非常に新鮮でした。自分たちのやっていることを俯瞰して、「何かをカタチにすること」のおもしろさを改めて感じました。

 

nomena 武井さん:頼まれ方も印象的でしたし、EDPの皆さんは個性豊かで、作品自体もとても独特で、本当に経験したことのないタイプのプロジェクトでした。僕らとしてもつくってみたかったものであり、僕らだけではうまれなかったものなので、良い化学反応のある出会いだったと思います。今後もまた一緒に何か出来れば嬉しいです。

 

うごきのカタチ – Shape of Motion –

企画制作:EDP graphic works Co., Ltd.

制作協力:nomena

会期:2025年3月8日(土)〜3月21日(金)

開場時間:11:00〜19:00

場所:ANewFace 東京都渋谷区神宮前3-1-14 LE REVE 1F

参加アーティスト:稲田開、伊良皆貴大、内田理穂、遠藤良太、奥田祥生、加藤貴大、小池紅子、佐藤広基

入場:無料

特設サイト:https://ugokinokatachi-tokyo.studio.site/

プレスリリース:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000080557.html

株式会社ノメナ


2012年、武井祥平により設立。日々の研究や実験、クリエイターやクライアントとのコラボレーションを通して得られる多領域の知見を動力にして、前例のないものづくりに取り組み続けている。近年では、東京2020オリンピック・パラリンピック聖火台の機構設計や、宇宙航空研究開発機構JAXAなど研究機関との共同研究に参画。主な受賞歴に、日本空間デザイン賞銀賞(2023)、文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞(2022)など。

杉原 寛


1992年広島県生まれ。2017年東京大学大学院機械工学専攻山中俊治研究室修了、同博士課程在学中。2019年よりnomenaにて主に表現分野におけるエンジニアリング、リサーチ業務に従事。動きと印象、それを生み出す機構や動作原理に着目した研究と制作を行う。

前川 和純


研究者/作家。2021年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。2023年より東京大学先端科学技術研究センター特任講師。2024年にHot Space株式会社を設立。生物と人工物の境界に焦点を当てた作品制作や研究活動を展開。主な受賞歴に、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門新人賞(2020年)、James Dyson Award 国内準優秀賞(2021年)など。

中路 景暁


機械設計を中心にエンジニアとして作品制作に携わる。また、自身でも機械装置から生み出される表現を軸にした作品制作を行う。主な活動に「見る、楽しむ、考える スポーツ研究所」(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC])、「アーティスト・イン・ミュージアム Vol.8」(岐阜県美術館)、「ルール?展」(21_21 DESIGN SIGHT)。

Direction 鈴木 絢香(EDP graphic works Co.,Ltd.)

Interview&Text 長島 志歩

Photo 加藤 雄太